電気を自給自足するオフグリッド生活。太陽に合わせて楽しみながら暮らす、サトウチカさんに話を聞いた。

太陽のリズムで生活する。

「オフグリッド」とは、電線(=グリッド)をほどく(=オフ)という意味。家庭で電気を作って使う、つまり電気を自給自足することだ。サトウチカさんは、節電するだけではなく、太陽の動きに合わせて生活を工夫することで楽しみながらオフグリッド生活を送ってきた。

2014年秋、神奈川県横浜市の一軒家でサトウさんはオフグリッド生活を始めた。近年太陽光パネルを自宅に導入する人は増えているが、サトウさんのすごいところは“完全”に電力を自給自足しているところだ。つまり、電力会社から電力供給を一切受けることなく、家庭で消費する電力を全て家庭で生み出している。

さぞかし大きな設備が必要なのではという予想に反して、サトウさんの電力自給システムは意外にもシンプルだ。屋根の上に設置した太陽光パネル8枚と、電気を蓄えるためのバッテリー24本、発電した電気を家庭内のコンセントで使えるようにする「インバーター」、バッテリーの過充電を防ぐ「チャージコントローラー」の4点のみで構成されている。

1日に使う電力が3kWh(キロワットアワー)以内というサトウさんにとってはこの設備があれば十分で、今までバッテリーが底をついたことは一度もないという。3kWhは、一般家庭の1日の消費電力に比べて4分の1ほどであり、冬にエアコンの暖房を5〜6時間付けっ放しするだけで優に超えてしまう電力量だ。一体サトウさんはどんなふうに生活しているのだろうか?

サトウさんがオフグリッド生活を始めた、神奈川県横浜市戸塚の一軒家。太陽光パネルは1時間につき1枚240w発電するので、8枚分で約2kWh発電。全国平均の有効日照時間は3.3時間なので、一日の発電量は理論上2kWh×3.3時間で6.6kwhとなる。

写真上段の左上がチャージコントローラー、右上がインバーター。下段にあるのがバッテリー24本で、中古品のため55万円で手に入れた。新品の場合は100万円くらいかかる。合計で27kWh分溜めることができる。

「電力完全自給と聞くと、質素倹約でストイックな生活を送っていると想像されがちですが家電も使いますし、普通の家と変わらない暮らしをしています。ですが、太陽光発電は、お天道様のご機嫌次第。1年を通して日射量や光の強さが変化していきますし、また1日の中でも時間帯やその日の天気によって状況が異なります。お日様のリズムに自分の生活を合わせていくイメージです」とサトウさんは言う。

晴れた日は、使い切れないほど発電するので“電気富豪”と呼び、発電が盛んな昼間にガンガン家電を動かす。たとえば洗濯機を2度回し、掃除機をかけ、アイロンがけをして、普段は使わない炊飯器で豆を煮たりケーキを焼いたりするという一日も。日没後から早朝まではバッテリーに溜めた電気を使うことになるため控えめに過ごし、なるべく早く寝る。一方、曇りや雨が続く日は“電気貧乏”なので、電力消費量の少ないノートパソコンで仕事をし、LED電球の下読書や勉強に勤しむ。オフグリッド生活は、否が応でも晴耕雨読になるのだ。

生きる力を与えてくれる、オフグリッド。

「何よりも、お日様と共同でつくった電気は、使うことに罪悪感がないのがいいです」と言うサトウさん。実は、サトウさんがオフグリッド生活を始めたのは、2011年に起きた東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故がきっかけだった。

「当時住んでいたマンションは停電し、電気が使えないだけで何一つできない自分に無力さを感じました。また、それまでは湯水のごとくに使っていたエネルギーが、危険なものを前提につくられていたことがショックで。お金があっても、安心安全は得られない。自分でエネルギーをつくることのできるオフグリッドは、生きる力を与えてくれるライフスタイルだと希望を感じました」

サトウさんは、マンション内で節電やベランダ菜園、コンポストなど、できる範囲でスタート。1か月の電気消費量が3kWh以内で暮らせるようになったところで自信がつき、夫婦で横浜市戸塚の一軒家を購入。ついに14年の9月に完全オフグリッド生活をスタートさせた。だが、当初は電力会社とも契約し、万が一に備えてバックアップすることも考えていた。

杉材でできたサトウさんの住宅。杉材には蓄熱する性質がある。
国産材100%、化学物質を極力使用しない設計施工会社「天然住宅」に依頼して建てた。

「いざ家を建ててみると、一番近くの電柱まで数cm足りないために、自宅の敷地内に電柱を建てなければ電線をつなげられないことがわかりました。オフグリッドを目指してきたのに、電柱が景色に入り込むのは悲しいし、電柱を建てるくらいならそこに木を植えたい。そう思ったら、完全オフグリッドに踏み切る覚悟ができたんです」

電気というキャラクターを知る。

はじめは原発事故や社会への反発心から挑戦していたオフグリッド生活だが、ある時からエネルギーを自給する暮らしの楽しさやワクワクの方が勝るようになったとサトウさんは言う。

「自分でつくりだす電気には愛着が湧くものです。そして、実際に経験するうちに、太陽光で発電する電気のキャラクターが分かるようになってきて、より効率的に電気が使えるようになりました」

オフグリッド生活を始めた当初は、電気が減るのが怖くてビクビクし、なるべく使わないようにとサトウさんは神経をすり減らしていた。生活に慣れてくると、思った以上に太陽は電気を豊富に作ってくれると分かり、積極的に電気を使い始めた。すると、家電を動かせば動かすほど、電力自給システム全体の発電量が増えるという発見につながった。

太陽光発電では、バッテリーが満タンになると司令塔であるチャージコントローラーが発動して、太陽光パネルの発電を止めてしまう。しかし、発電中に電気を使えばバッテリーが満タンになることはなく、発電は続けられる。つまり、太陽が出ている間は電気を使わないと逆にもったいないのだ。

「まるで、空からお金が降ってくるようなイメージです! その他にも、雨が降った翌日は発電量がぐんとアップするという現象も意外な発見でした。パネルの上のチリやホコリが雨によって洗い流されて、さらに雨の滴が光を乱反射させることによるのではないかと考えています。梅雨時にも発電量がさほど下がらなかったのは意外でした。6、7月は立夏を過ぎているので太陽は夏仕様。雲の上からお日様は惜しみなく降り注いでくれていたのです」

また、電気のそもそもの特性を理解し、理にかなった電気の使い方をすることも大切だ。電気の性質としてまず挙げられるのが、熱を生むのが大の苦手という点。部屋を暖めるエアコンの暖房や、湯沸かし電気ケトル、炊飯器や電子レンジなどの調理機器を使うと、多くの電力を消費する。

「では、熱を生むのが得意なエネルギーは何かというとガスです。例えば、炊飯器の代わりに土鍋を、料理の温めの際の電子レンジの代わりに湯煎や蒸し器を使えば、使うエネルギーが少なくて済みます。目的によって、ガスなのか、電気なのか、効率のよい方のエネルギーを選んで使うことで、電気の消費量は7割減らすことができると言われています」

さらにサトウさんは、オフグリッド生活2年目に、ガスに代替できる太陽熱温水器も導入。太陽光を熱に変換し、タンクに溜めておいた水を温めるという仕組みだ。これでお風呂のお湯や、キッチンの温水など給湯も太陽光でまかなえるようになった。

太陽熱温水器。ガス給湯設備と連携して使用するが、季節に応じて太陽熱を無駄なく使う裏技をサトウさんは発見し、さらにガス代をダウンさせた。

自然は、余るようにできている。

サトウさんは2020年7月に兵庫県・淡路島に引っ越し、電気の自給に加えて、食の自給や教育、コミュニティづくりをテーマに活動をさらに広げている。神奈川・横浜での暮らしから引き続き力を入れているのが、ソーラークッキングだ。

現在は、リノベーションした賃貸の古民家に住んでおり、できる範囲でプチ・オフグリッド生活を実践中。ポータブル電源2台(500Whと1000Wh)と折りたたみのソーラーパネル2枚(100Wと120W)という簡単なもの。

「晴れていれば、毎日ソーラークッキングをしています。今日も料理しました。新じゃが、たまねぎ、にんじんなどコミュニティの畑で採れた野菜と、牛肉、ローリエ1枚を筒に詰めるだけ。加水はなし。40分ほど太陽に当てておくだけで、煮込み料理ができました。お日様でつくった料理は驚くほどおいしく、甘みや熟成が感じられる味です。太陽が万物に命を吹き込む温かくて優しいエネルギーだからかもしれませんね」

ソーラークッキングには、寺田鉄工所の「エコ作」を使用。筒は真空二重ガラスで、黒くコーティングされている部分が吸収膜となり、太陽光に当たると熱を吸収する。反射板へ真正面に直射日光を当てると、効率よく熱がつくられる。管内部が200℃以上の高温になることも。

太陽の光には赤外線などの光線が含まれる。ガスより時間がかかるがじわじわと温度が上がるため、低温料理にも似ている。「焼き芋が分かりやすいですが、ガスやオーブンと比べてホクホク感と甘さが違うんです」とサトウさん。

サトウさんは言う。「太陽のエネルギーは、余るようにできている」と。

「オフグリッドを実践し、野菜を自分で作っていると、お日様に任せておけば電気は使い切れないほど発電され、一つの野菜からは翌年まききれないほどの種ができます。自然というのは、本来余るようにできているんだと気づきました。そして、人はもっと安心して生きられるものと思うようになりました。でも、何かが不足すると、人は奪い合います。実際に、有限な資源である化石燃料を奪い合って戦争が起きていますから」

日本は発電の燃料を他国からの輸入に頼りきっている。新型コロナウィルスの感染拡大のような国際的な危機を目の当たりにして、エネルギー事情が脆弱な国だということも浮き彫りになった。もはや、1か月先に何が起こるか分からない。しかし災害時でも、電気を自給することができれば生存の可能性も高くなるだろう。

「オフグリッドとは、実は電線を断つことだけでなく、知らず知らずのうちに縛られていた社会の大きなシステムや価値観から抜けることでもあると思うんです。そして、太陽という自然がもつ本来のシステムとつながり直すこと。すると、自分の外側で起こることに振り回されることなく、自立していられます。オフすることは勇気が要りますが、自分を固定しているものから解き放たれ、どんどん変化していくこの生活には、ワクワクや楽しさがあふれています」

サトウチカ
サトウチカChika Sato
1983年横浜生まれ。電力完全自給するオフグリッドな暮らしが話題となって、新聞・テレビ・雑誌などのメディアで取り上げられ、“オフグリッド女子”と呼ばれるようになる。光文社「女性自身」web版で、コラム「サトウさん家のオフグリッドで暮らす知恵」を2年半にわたって連載。著書は『ひらけ!オフグリッド〜電線切ったら、楽しい暮らしが待っていた」。現在は、講演会などで全国を飛び回って日本中にオフグリッドの種を蒔いている。
写真提供:サトウチカ
Amateras https://amaterasu.life