アフリカの人々の命を守り、幸せな暮らしを実現するため、太陽光発電と通信機器を届ける日本企業がある。
ペンライトを口にくわえ、出産を診る
アフリカでは今、約6億人が電気のない生活を送っている。広大な大陸に送電線を張り巡らせていくことは難しく、2050年になっても約4億5千万人が未電化の暮らしをしているという予測もある。
電気がなくてもみんな笑顔で暮らしてはいるが、電気がないことは人の命の問題にも直結する。例えば、電気がない村落の診療所で、夜間や早朝の出産を医師が診なければいけないとき、どんな状況になるのか?
「医師の答えは、ペンライトを口にくわえてみせて、『こうだよ』と。出産という母と子の両方の命がかかわることを、ペンライトの光だけで診ているのです。赤ん坊を取り上げるために両手がふさがるから、ライトは口にくわえるのでしょうね。実際、電気がないために母子が危険な状態になり、亡くなることもあるそうです。医師は『不便だ』というのですが、『不便』で済ませていい問題ではないと強く感じました」
そう語るのは、シュークルキューブジャポン代表取締役社長の佐藤弘一さんだ。医師の話に衝撃を受けた佐藤さんは、2018年から西アフリカのセネガルで「TUMIQUI Project(ツミキ・プロジェクト)」を始めた。アフリカの未電化地域に、電気とインターネットにつながる通信手段を届け、アフリカの人々の幸せな暮らしを実現していくプロジェクトだ。
そして、まず手がけたのが「TUMIQUI Smart Kit(ツミキ・スマート・キット)」の開発と普及事業。このキットは携帯型の太陽光発電パネルと蓄電池、Wi-Fiにつながる通信機器、LED電球をセットにしたもので、夜間の照明はもちろん、パソコンも使えるようになり、携帯電話などへのUSB充電もできる。
「セネガルは年間約300日晴れています。だから無尽蔵な再生可能エネルギーとして太陽光を活用し、それをアフリカの発展のための事業に生かそうと考えたのです」と佐藤さんは話す。
データ入力のための30km先への往復がなくなる
もともと佐藤さんは、フランスの日系通信会社勤務を経て2008年に同国で起業し、ICT(情報通信技術)事業に携わってきた。
西アフリカはフランスによる植民地統治の歴史があり、フランス語を公用語とする国も多い。佐藤さんは西アフリカ諸国でのICT施工業務にも関わるようになり、2019年に日本のJICA(国際協力機構)が行った視察に参加するなかで、未電化村落の診療所での実態を知ることになった。
「電気があることで、助かる命もあるのではないか」。そう確信し、培ってきた経験を生かしたツミキ・プロジェクトをスタートさせたのだ。
プロジェクトの最終目標は「アフリカ諸国の持続可能な発展」。その実現への過程として、誰もがインターネットに接続でき、地方にいても遠隔医療や遠隔教育を受けられるようにすること、技術移転や技術者養成を進めてやがて「Made in Africa」の製品を輸出できるようにすることなどを掲げている。
そのベースにあるのが、再生可能エネルギーによる「すべての人に電気を」だ。
その思いが受け入れられてセネガル保健省と覚書を締結し、国内の未電化診療所10か所に実証用のツミキ・キットを導入してもらった。
「現場の医師らからは、シンプルさや手軽に持ち運びができることなどで高い評価を得ました。また、セネガルでは今、皆保険制度を導入するために診察記録のデータ入力が義務付けられています。未電化村落の医師や看護師は、そのデータ入力のために30km離れた中央診療所まで往復していたのですが、『Wi-Fiにもつなげられるキットのおかげで、行かなくて済むようになった』と喜んでくれています」
キットにはLED電球が2個セットされている。光量も調整可能だ。右の写真が明かりをつけた状態。
現地で雇用を生み、メンテナンスもできる技術者育成へ
実証で高評価を得たことで、セネガルの経済特区であるサンジャラ市と新たな覚書を締結でき、現地法人TUMIQUI JAPON SASU(ツミキ・ジャポン・サス)も設立した。現在は、現地でキットの組み立てやメンテナンスができるように工場を稼働させていく準備中だ。
「これからは現地での雇用を生み、技術移転を進めていきます。太陽光パネルや蓄電池が壊れたり消耗したりしても、修理ができるようにしたり、リユースやリサイクルで廃棄を減らせるようにしていきます。10年後、20年後、さらには50年後の地球の環境のことを考えて事業を展開していきます。そのためには子どもたちへの教育の質の向上も重要です」
佐藤さんは「ツミキ」というネーミングに、人の思いを積み重ねるという意味も込めている。
「セネガルでも新型コロナウイルスの問題はありますが、ワクチンの接種となると冷蔵庫が今後必要です。情報を伝えるためにテレビなどもあった方がいいです。全ては電気が必要となります。なにより、電気と通信があれば、タブレットなどを使った教育の機会が子どもたちに広がります。人々の幸せの実現のために、現地の人たちと思いを積み重ね、プロジェクトを進めていきます」