エネルギーの在り方を変えるため湯浅剛さんはオフグリッド生活を実践。そして移動式えねこやを完成させた。

デモで変わらなかったエネルギーの在り方をどう変えるか

広さ7.3㎡ほどのスペースにロフトまでついた小屋「移動式えねこや」。車でけん引して移動できる上、オフグリッド(*1)であることが特徴だ。屋根に載せた太陽光パネルで電気をつくり、室内に置かれた蓄電池で電気をためることができる。湯浅剛さんは、この小屋を走らせて地域のイベントや小中学校の課外授業に出向き、エネルギーについて楽しく学ぶ機会を提供している。

*1 電力会社などの送電網につながっていない独立型電力システム。

車でけん引して移動するトレーラーハウスをオフグリッド化した移動式えねこや。写真提供:いとう啓子

湯浅さんは、電力自立型の小屋「えねこや」を通じてエネルギー循環型の地域社会を目指す「一般社団法人えねこや」代表理事でありながら、建築事務所「アトリエ六曜舎」の代表を務める一級建築士。この移動式えねこやを製作する以前の2016年に、自身の事務所をオフグリッドにした。

「東日本大震災と原発事故を機に原発反対のデモなどに参加したのですが、時が経つにつれて徐々に勢いは弱くなり、結局何も変わらなかった。そのため、エネルギーの在り方を楽しく自然に変えていかないとダメだと思いました」と湯浅さんは話す。

古いものを廃棄して新しい建築物をつくるスクラップアンドビルドの方法では環境負荷がかかるため、これからはリノベーションの時代だと湯浅さんは設計士としても感じていた。自身でどこまでできるのか試してみたいという気持ちが強まり、空き家を自身の事務所兼用住宅として改修してオフグリッド生活を送ろうと決めた。

築40年の住宅をオフグリッドに

「日本の家庭で消費されるエネルギーのうち、実は半分以上を占めているのが『給湯と暖房』です。冷房は使用期間が短く、室内外の温度差は冬場に比べて小さいことから、冷房の年間消費量は全体の2%ほどにすぎません」と湯浅さんは説明する。

特に暖房に使用するエネルギーを抑えるため、「家の断熱・気密性能のアップ」、「太陽熱の活用」、「エネルギー効率の良い設備機器の選択」、「必要なエネルギーを少なくするために家自体を小さくすること」の4つの方法があるという。

湯浅さんは、築40年の古い家を柱などの構造躯体を残したスケルトン状態にして減築。躯体を補強して耐震性能を高めると同時に、屋根や壁に高性能な断熱材を充填・外張りにして気密フィルムを貼ったり、熱が逃げやすい開口部にトリプルガラス(3枚ガラス)の断熱サッシや高性能木製サッシを採用したりすることで断熱・気密性能をアップさせた。

築40年の住宅(写真左)を減築してスケルトン改修。太陽光パネルと太陽熱温水器を設置するため、切妻屋根を片流れ屋根に変更し、室内の一部を吹き抜けにした。写真提供:えねこや(写真左)、大槻茂(写真右)

南向きの屋根に太陽光パネル、太陽熱温水器、トップライト(天窓)などを設置。電力会社の電力を引かず、フォークリフト用のバッテリーを24個連結した鉛蓄電池18kWh(キロワットアワー)を室内に備えて、夜間や曇天時でも電力を使用できるようにした。

事務所の屋根に搭載した太陽光パネル(写真左)、太陽熱温水器(写真右)、採光用のトップライト(写真手前)。

写真左/2階へと続く階段。一部吹き抜けになっており、南側の屋根のトップライトから太陽の光が室内に降り注ぐ。写真右/フォークリフト用の鉛バッテリーを蓄電池として使用。

また、太陽熱をコントロールする工夫も行い、南東の窓を大きくしたことで冬は午前中の太陽熱で部屋が暖まるように。夏は落葉性のツル性植物を絡ませたパーゴラ(グリーンカーテン)や、目隠しルーバーを活用して日差しを遮蔽し、快適に過ごせる空間を実現した。

冬の寒い時間帯には、間伐材などを粉砕・乾燥させた木質ペレットを使用するペレットストーブが活躍する。重力を利用してペレットを自動で供給し、ストーブ自体が熱くなる輻射熱方式を採用する、電気不要の無電力タイプだ。「電気を使用してファンを回して暖かい空気を対流させるタイプが多いですが、災害の際の停電時に使えなかったという話を聞いて、この無電力タイプにしました」と湯浅さん。

部屋の天井付近にダクトの取り込み口をつけて、2階から1階床下に暖気を送り、ストーブのある部屋と比べて気温差が生まれやすいキッチンや脱衣場にも暖気が届くようにして、温度差を少なくしている。

写真左/ペレットストーブに使用する木質ペレット。薪の入手や煙の発生が問題となる都心部で、ストーブを使用する場合に便利。写真右/キッチンにある木製の床下換気口。暖かい空気が床下を流れて冬でも快適に。

いつもの生活ができない日は年間1日だけ

完全に電力会社などの送電網につながないオフグリッド生活を「えねこや六曜舎」で始めて5年。暮らしぶりを聞いてみると、予想をはるかに上回る回答が返ってきた。「雨が3日も続いてバッテリーの蓄電量が半分を切ってしまうような日はかなり少なく、電気が足らずにやや我慢が必要になる日は1年にたった1日くらい。その日はパソコンを使わずに、図面を手書きする仕事や模型を作る仕事をするようにしています」。

仕事でコピーを400枚とるようなことがあっても、その消費電力量は使用できる全体量のたった2%ほど。ガスも引いておらず、シャワーやお風呂には太陽熱温水器で温めた湯を使用する。夏場は毎日、冬場は2日に1回の頻度で使用できたという。

室内の壁に設置されていた、蓄電池の残量を表示する蓄電モニターと室内外温度計。室内温度を調整する際、蓄電量を確認しながらエアコンを使用する。

一般の家庭の年間電気使用量は、平均で約3600kWh(キロワットアワー)/年と言われているが、湯浅さんの事務所ではその3分の1程度の約1200kWh/年。オフグリッドをスタートしてから5年間で一度も停電することなく、快適に仕事も生活もできている。その様子を実際に見てみたいとこれまでに多くの人たちがこの事務所を訪れ、大きな反響を呼んだ。

月別電気使用量(発電量・図表右)と年間電気使用量の内訳。何にどのくらいの電力が必要か、季節ごとに把握することはオフグリッド生活を送る上で重要だ。

エネルギーに関心がない人にも出会えるための移動式

オフグリッドのえねこや六曜舎は多くの人に知られることとなったが、湯浅さんはふとあることに気づいたという。「事務所までわざわざ足を運んでくれるのは、エネルギーの在り方に興味のある人しかいない。もっと多くの人にオフグリッドやエネルギーについて知ってもらいたいという気持ちが強くなりました」。そこで、事務所を作った際に出た端材や建築のサンプル材を利用して「えねこや屋台」を製作した。

この屋台には太陽光パネルと蓄電池を設置し、電気を自給できるようにした。近隣で開催されるイベントなどに出展し、実験の様子を見せたり、エネルギーに関するクイズを子どもたちに出したりして、こちらから出向いてエネルギーへの理解を深める活動に手応えを感じた。さらにエネルギーのことを知ってもらうため、屋台から小屋に規模を大きくすることに。

イベント時に活躍するえねこや屋台。太陽光発電、蓄電池を搭載。写真提供:水野眞奈実

材料費約350万円の「移動式えねこや」(トレーラーハウス)の製作に着手。2019年2月にクラウドファンディングを利用したところ、131人から約126万円の支援を受けることができた。調布市内にある深大寺の境内にて製作のためのワークショップを4回開催すると延べ約200人が参加し、オール国産材を使った木製トレーラーハウスが2か月をかけて完成した。

深大寺境内で行われた移動式えねこやを製作するワークショップ。延べ約200人が参加した。写真提供:水野眞奈実

広さ7.3㎡ほどの移動式えねこやの室内。オフグリッド生活を体験するのに必要な機能が一通りそろっている。

エネルギー自給のための知恵が詰まった小さな小屋

この移動式えねこやには、小さいながらもエネルギーが自給できる仕組みを備えている。屋根には740W(ワット)の太陽光パネルを搭載し、室内には鉛蓄電池5.2kWh(キロワットアワー)を設置。太陽光でつくった電力で、室内の照明やスポットエアコン、キッチンの給水ポンプ、IHコンロ、冷蔵庫を駆動させることができる。

写真左/無電力ペレットストーブ「船長のストーブ・loco(ロコ)」は、長野県の三沢パイプ工業で作られている。写真右/青森県産の木製サッシ。珍しい国内産。

写真左/鉛蓄電池5.2kWh(キロワットアワー)分を設置。写真右/ロフトがあり、小さな窓を開けて暖かい空気の流れを体感できる。

北海道産のウッドファイバー(木質繊維断熱材)。断熱性能のアップは、冷暖房に使うエネルギー消費を抑えるためにも重要。

シンクに取り付けられた簡易水道。給水ポンプも太陽光でつくられた電力で動かす。

また、湯浅さんの事務所と同様、無電力ペレットストーブも設置した。オール国産にこだわって使用した木材のほとんどを東京・多摩の杉材にしたほか、建物の気密性をアップさせる青森県産の木製サッシや、断熱性をアップさせる北海道産のウッドファイバー(木質繊維断熱材)を採用した。

完成した移動式えねこやを引っ張って、2020年には東京都多摩市と調布市の4つの小学校を訪問し、湯浅さんはえねこやのメンバーらと授業を行った。子どもたちは移動式えねこやの内部を見学して気づいたことを記録したり、「断熱ボックス」を使って断熱材の効果やガラスによる熱の出入りを確かめたりした。

エネルギーに不自由しない生活を送っているとその大切さに気づくのは難しいが、こうして授業でエネルギーについて知り、実際に体験することを通じて子どもたちに気づきをもたらすことができる。湯浅さんは確かな手応えを感じているという。

「ヘアドライヤーの電力消費量が高いと知り『明日から使用時間を短くします』と授業後の感想文で書いた子どもがいました。また、『マンションのベランダでも太陽光パネルと置いて発電できることを知ってやってみました』という子どもの声も。授業を通じて未来に希望を感じています」

写真左/えねこやメンバーで製作したという再生可能エネルギーについて学ぶゲーム。質問に答えて正解すると木が増えて、やがて森になる。写真右/湯浅さんの説明に熱心に耳を傾ける子どもたち。写真提供:水野眞奈実(写真右)

太陽光の恵みを活用しないのはもったいない

えねこや六曜舎をオフグリッドにしてから5年。えねこや屋台、移動式えねこやを製作し、湯浅さんはエネルギーについて見直す機会を着実に広げてきた。エネルギーに関する研究や調査は専門家に任せて自身はエネルギーに興味を持ってもらう活動に力を注ぎ、さらに広げていきたいと話す。

「オフグリッドでの仕事や暮らしを実践して、説得力のある伝え方をしたい。私自身が“太陽の力はすごい”と毎日のように実感して、太陽光エネルギーを他に役立てていないことをもったいないと思い、自家用車に電気自動車(EV)を購入してしまったほどです。

原発も海外から大量に輸送される化石燃料も必要ないと思っています。便利さの追求は終わりにしないと、何かを犠牲にすることへの違和感が拭えません。まずはエネルギー消費を抑えることが大事ですが、だからと言ってパソコンなどをやめる必要はない。現代の便利なものは残して、上手に役立てることも大事だと思います。

蓄電池のシステムを入れると費用はかかってしまいますが、太陽光パネルの価格は下がってきていますし、長い目で見れば損はしません。太陽光パネルで充電できれば二酸化炭素の排出はゼロですし、使われなくなった太陽光パネルはリユース技術も進んでいます。新築で家を建てる場合には、太陽光発電システムを導入することをぜひおすすめしたいですね。」

太陽光の恵みに感謝の気持ちを表す湯浅さん。活用しないのがもったいないと何度も話していた。

「これからも太陽光の素晴らしさをさらに広げていくために、オフグリッドを取り入れたカフェやギャラリー、子育てや高齢者のサロンなどの人が集まる空間を地域にたくさん展開していきたい。そこで再生可能エネルギーを体験すれば自分ごとになりますし、災害時にはそこに充電にいくこともできますから」

エネルギーの在り方を楽しく学び、エネルギーと自然に向き合う。湯浅さんとえねこやメンバーは移動式えねこやを走らせて、より多くの人にこのきっかけを届けられるようこれからも活動に取り組んでいくつもりだ。

湯浅剛
湯浅剛
1965年大阪府生まれ。アトリエ六曜舎代表取締役、一級建築士。京都工芸繊維大学工芸学部建築学科卒業後、一色建築設計事務所に入所。退社後、英国留学してグリニッジ大学にてランドスケープを学ぶ。帰国後、95年にアトリエ六曜舎設立。2016年に一般社団法人えねこや設立。
一般社団法人えねこや
https://enekoya.com

アトリエ六曜舎
http://www.rokuyosha.com